「配送された商品が壊れていた」という問い合わせメールが届いた。注文番号、支払った金額、破損の内容を取り出して返信を自動化したいとき、多くの開発者はLLM(対話型AI)にJSON形式で出力させる。だが応答には数秒かかり、トークン課金もかさむ。しかも、メールに書かれていない配送番号を聞くと、それらしい番号をでっち上げて返してくることがある。
Cloudflareは2026年10月19日、この「値を取り出す」作業に絞った新しいAI「Clairic」を公式ブログで発表した。文章を一切書かずに1回の読み取りで値を返す。書かれていない項目には推測せず「ない」と答え、しかも同じメールには毎回同じ答えを返すという。では、先ほどの配送番号を聞かれたとき、Clairicは実際に何と答えるのか。
書かれていない情報には何と答えるのか
答えは、公式ブログが示す例を見るとよく分かる。先ほどの破損商品の問い合わせメールをClairicに渡し、注文番号・配送日・支払い金額・配送からの経過日数・破損内容・配送番号の6項目を聞いた。結果は次のようになった。
- 注文番号:
A-88412(メール中の文字列をそのまま抜き出した値) - 配送日:
2026-09-28 - 支払い金額:
701.1ドル(メールには商品代と税が別々に書かれているだけで、合計額はどこにも書かれていない) - 配送からの経過日数:
11日(メール中の2つの日付から計算した値) - 破損内容:
["cracked screen", "dented corner"](該当する文字列の位置も合わせて返る) - 配送番号:
null
公式ブログによれば、支払い金額や経過日数のように、メールに直接書かれていない値もある。Clairicは1回の読み取りの中で、商品代と税を足し合わせたり、2つの日付の差を取ったりして計算して返す。一方で配送番号は、メールのどこにも書かれていない。Clairicはここで無理に数字を作らず、「ないと思われる確率100%」(p_nullという欄に1と表示される)としてnullを返す。
おもしろいのは、このとき裏で何を見ていたかも公開している点だ。答えのJSONにはguessという欄があり、もし無理やり答えを出すとしたら$52.10という値を返していたはずだと書かれている。メールの別の場所に出てくる金額を、配送番号と見間違えた結果だと自分は読む。null一つを返すだけでなく「埋めるとしたらこの値だった」まで見せられると、このnullは安心して信用してよさそうだ、と思える。
画像からも同じように取り出せる
Clairicは画像でも同じことができる。角度が傾いて読み取りにくい実際のレシート写真を渡した例もある。注文番号・購入日時・数量・価格を抜き出し、値引きがないことまで正しく判断したと公式ブログは報告している。渡せる画像はPNG・JPEG・WebPで最大4枚、1枚あたり4MiBまでだ(Cloudflare Developers)。
書かれていない項目に「ない」と正直に答えられるのは分かった。では、答えが1つに決まらない値を聞いたときはどうなるのか。
同じメールに同じ答えを返せるか
さきほどの問い合わせメールには、もう1つ聞きたい値がある。破損の内容から「修理費はいくらか」という見積もりだ。これはメールのどこにも数字として書かれていない、Clairicに推定させる値になる。
Cloudflareは、このメールを処理する3段階のパイプラインを組んで検証している(公式ブログ)。
- Clairicがメールから注文番号・金額・修理費の見積もりなどの値を抜き出す
- 決定モデル「Clef」が、その値と自社ポリシーから「全額返金」か「無料修理」かを判定する
- 汎用LLM「GLM-5.3」が、決定内容をもとに返信文を書く
このパイプラインを複数回実行して比べたところ、違いがはっきり出た。
| モデル構成 | 修理費見積もりの結果 |
|---|---|
| Clairic | 3回とも同じ金額 |
| GLM-5.3(全工程をLLMだけで実行) | 実行のたびに$250、$250、$220と変わり、提示する範囲も毎回違った |
| Gemma 4 / Qwen(同じくLLMだけで実行) | いずれもメールの記述から修理費の値を導き出すこと自体に失敗した |
公式ブログによれば、事実と判定自体はどちらの構成でもどの回も正しかった。違ったのは見積もりの値だけで、「Clairicの修理費見積もりは毎回同じだったのに対し、GLM-5.3の見積もりは実行ごとに変わった」という。正解が1つに決まらない見積もりでさえ、Clairicは何度処理しても同じ答えに落ち着く。これは自分には意外だった。LLMに同じ質問を2回投げて、違う数字が返ってくる経験は何度もある。「仕方ないもの」だと思っていたそのブレが、取り出す部分をClairicに任せるだけで消える。
なぜここまで安定して、しかも一瞬で答えが返るのか。
なぜ同じ答えを一瞬で返せるのか
ChatGPTのような対話型AIは、答えの文章を1語ずつ順番に書き進める。次の単語を選ぶたびに、それまでに書いた内容を踏まえて計算し直す。本サイトで以前取り上げた判定AI「Jev」や「Clef」は、この「1語ずつ書く」工程を持たない。入力を1回読んだだけで、あらかじめ決めた選択肢の中から答えを選んでいた。
Clairicも同じ発想の延長にある。公式ブログは「ClairicとClefをSystem Oneモデルと呼ぶのは、いずれも1回のパスで答え、推論やトークン生成を行わないからだ」と説明している。違うのは、Clefが「決められた選択肢から選ぶ」のに対し、Clairicは「数値・日付・リストのような値そのものを返す」点だ。選ぶべき選択肢が最初からないので、文章を生成する理由も、答えのたびに違う言い回しを選ぶ理由もない。
値が入力に存在するかどうかの確率(p_null)と確信度(confidence)も、同じ1回の計算の中でまとめて出す。文章を書く工程がないからこそ、答えが毎回ぶれず、ないものには「ない」とそのまま言える。1語ずつ単語を選びながら答えを組み立てるLLMとは、ここが根本的に違う。
仕組みは分かった。では、実際のパイプラインに組み込むと、どれだけ速く・安くなるのか。
実務に組み込むとどれだけ変わるか
さきほどの3段階のパイプライン(Clairic→Clef→GLM-5.3)は、全体で19.3秒かかった。同じ処理を全工程GLM-5.3だけで行うと61.7秒だった(公式ブログ)。
時間にして69%の短縮、およそ3.2倍の速さだ。抜き出しと判定の2段階だけで見ると差はさらに開く。ClairicとClefを合わせても1秒に満たないのに対し、同じ2段階を全てGLM-5.3で行うと38秒かかったという(公式ブログ)。費用は100万件あたり$6,032で、全工程をGLM-5.3で行う場合の$11,740と比べて49%安い(同ブログ)。値の取り出しと判定を前段に任せ、LLMには答えの文章を作る役目だけを残すことで、時間と費用のどちらも削れている。
値を取り出したり、判定したりするだけではない。もう1つ、先の数字を言い当てる使い方もあるという。
先の数字を言い当てることもできるのか
Clairicが答えられる値の型は9種類あり、その1つがforecast(予測)だ。過去の数字の並びから、まだ起きていない先の値を言い当てる。
公式ブログは、米国運輸保安庁(TSA)の検査場通過者数を例に検証している。過去21日分の実績だけをClairicに渡し、1日先の通過者数を予測させた。ある日の予測の中央値は2,419,283人、実際の通過者数は2,419,474人だった。21日間を通した平均の誤差は3.3%だった。80%区間(予測の中央値を挟んで、実際の値が80%の確率で収まるとされる範囲)の内側には、21日のうち17日分の実際の値が収まった。曜日ごとの変動(火曜・土曜が少なく、木曜・金曜・日曜が多い)も、数字の並びだけから読み取れていたという。
Clairicを値を取り出すだけのツールだと思っていた自分は、専用の時系列予測モデルなしでここまで言い当てられるとは予想していなかった。もっとも公式ブログ自身も、長期の予測は専用モデルの代わりを意図していないと断っている。
ここまでの機能を踏まえて、今すぐ試せるのかを最後に確認する。
まとめ
Cloudflareの新AI「Clairic」は、文章や画像から数値・日付・リストなどの値を1回の読み取りで取り出す。書かれていない項目には推測せず「ない」と答え、同じ入力には毎回同じ答えを返す。破損商品の問い合わせメールを処理する実務のパイプラインに組み込むと、処理時間が69%、費用が49%減ったという実測も示されている。過去の数字の並びから先の値を言い当てる予測の機能も備える。
現在はWorkers AI上のプレビュー版として@cf/cloudflare/clairicで呼び出せ、入力100万トークンあたり0.10ドルで試せる。ただし公式ブログ自身が今のエンドポイントを「早期のチェックポイント」と位置づけており、複数の計算を組み合わせる長い連鎖の処理はまだ弱いとも明記している。メールやレシートから値を取り出す作業にLLMを使っていて、速さや費用、答えのブレに困っているなら選択肢が増えたことになる。まずは1〜2段で済む値の取り出しから試せる。
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