クライアントや同僚からPSDファイルを渡されたのに、自分はPhotoshopを契約していない。無料のGIMPで開いてみたら、レイヤー効果が崩れていたり、テキストが編集できないただの画像に変わっていたりした——という経験をしたことがある人は多いと思う。Linuxで作業していて、Adobe製品がそもそもインストールできずに困った人も同じ壁にぶつかっている。
この壁に対して、「PhotoCraft」という無料のオープンソースソフトが具体的な数字で答えを出している。Adobeのコードを一切使わずに独自開発したにもかかわらず、PSDファイルを保存し直しても135本中134本は元のファイルとバイト単位で完全に一致するという。しかも同じチームは、Illustrator相当の「VectorCraft」をはじめ計7本のアプリを公開している。合わせるとAdobe Creative Cloudの主要製品を一通りカバーする構想になっている。
PSDは壊れずに開けるのか
PhotoCraftは、公式GitHubのREADMEで「Adobe Photoshopのクリーンルーム実装」と説明されている(PhotoCraft README)。Rustで書かれたオープンソースソフトで、macOS・Windows・Linux・Webブラウザ(WebAssembly)のいずれでも動く。ライセンスはMITまたはApache-2.0のデュアルライセンスで、商用利用を含めて無料で使える。
中身も「それっぽいだけ」ではない。Photoshopを使ったことのある人なら、名前を見ただけでだいたい同じ場所に同じ道具があると分かるはずだ(PhotoCraft README)。
- ツール: 移動・選択・クロップ・ブラシ・クローンスタンプ・修復ブラシなど34種類
- 調整レイヤー: カーブ、レベル補正、色相・彩度、チャンネルミキサーなど16種類
- ブレンドモード: 27種類
- レイヤー機能: グループ化、クリッピングマスク、ピクセル/ベクターマスク、スマートオブジェクト(スマートフィルター対応)
- 色空間: RGB・グレースケール・CMYK・Labの8/16/32bit
- 対応ファイル形式: PSD・PSBに加え、PNG・JPEG・TIFF・WebP・GIF・BMP・AVIFなど
ここまでは「機能が揃っている」という話にすぎない。本当に気になるのは、PSDファイルを渡されたときにちゃんと開けて、崩さずに返せるのかという一点だ。
保存し直しても元と同じか
PhotoCraftのREADMEには「PSD without compromise(妥協のないPSD対応)」という節があり、具体的なテスト結果が載っている。実在するPSDファイルを集めたテスト用データ(corpus)に対して検証した結果だ。
135本中134本。
PhotoCraftで開いて、何もしないまま保存し直しても、ファイルの中身がビット単位で元と完全に一致する本数がこれだった(PhotoCraft README)。「レイヤー効果が崩れずに開ける」と「保存し直しても崩れない」はまったく別の精度の話で、この数字は後者まで満たしている。
まだPhotoCraftが中身を解釈できていないデータ(メーカー独自の内部情報など)は、理解できないからといって削除しない。そのままの形で保持して書き戻す設計になっている(PhotoCraft README)。分からないデータも、落とさずそのまま保つ。
見た目の再現性も、PhotoCraftの描画結果とPhotoshop自身が書き出した統合画像を比較する仕組みで検証している。グラデーションの補間方式、レイヤー効果、シェイプの線、クリッピング、塗りの不透明度まで対象に含めている(PhotoCraft README)。PSB(大容量PSD)や16/32bit、CMYK・Labドキュメントもネイティブに開ける。
ただしこの「135本中134本」は、PhotoCraftの開発チーム自身が用意したテストデータに対する結果で、独立した第三者が検証した数値ではない。どのファイルが一致しなかったのか、その理由までは公式READMEに記載がなく確認できていない。とはいえ、自分たちで数字を公表し、一致しなかった分も隠さずに書いている点は、互換性を主張するだけのソフトとは一線を画す。
なぜコードなしで再現できたか
ここで引っかかるのは、「Adobeの独自形式を、Adobeの許可もコードも使わずに、どうやってここまで正確に再現できるのか」という点だと思う。答えは、PhotoCraftの開発者向けドキュメント「AGENTS.md」にある。
このドキュメントは開発方針を明記している。Photoshopや他の独自ソフトについて研究したのは挙動と見た目だけで、コード・シェーダー・プロファイル・アセットは一切コピーしない。Adobeが公開しているPSD仕様書、ICCカラー、ISO 32000のブレンドモード定義といった公開資料と、実際に動かして観察した結果だけから実装する、という方針だ(PhotoCraft AGENTS.md)。
これが「クリーンルーム実装」と呼ばれる手法になる。Adobeのソースコードを一行も読まず、代わりに2つの材料だけでゼロから自分たちのコードを書く。1つはAdobe自身が公開している仕様書、もう1つは実際にPhotoshopを動かして「どんなファイルを吐き出すか」「どう描画されるか」を外から観察した結果だ。前の節で見た「保存し直しても元と完全一致」というテストも、この観察による検証の一部にあたる。
コードを見ていない以上、再現できる保証はどこにもない。それでも135本中134本という数字が出ているのは、PSDという形式の仕様書をAdobe自身が公開しており、観察と検証を積み重ねれば独立に再現できる余地があったからだと自分は見ている。
Illustrator相当のVectorCraft
PhotoCraftは単独のプロジェクトではない。「ArtCraft」というチームが、Adobeの主要製品に対応する7本のアプリを「Crafting Apps」としてまとめて公開している。いずれも同じくRustで書かれたクリーンルーム実装だ(ArtCraft公式サイト、VectorCraft README)。
| アプリ名 | Adobe相当 | 用途 |
|---|---|---|
| PhotoCraft | Photoshop | 画像編集。レイヤー・マスク・文字・実物のPSDファイル |
| VectorCraft | Illustrator | ベクターイラスト |
| FilmCraft | Premiere Pro | 動画編集・色・音声 |
| LightCraft | Lightroom | 写真ライブラリとRAW現像 |
| PrintCraft | Acrobat | PDFの閲覧・整理・保護 |
| EffectCraft | After Effects | モーショングラフィックスとVFX |
| DesignCraft | InDesign | ページレイアウトと出版 |
Illustrator相当のVectorCraftは、PDF互換の.aiファイルを読み書きでき、ペンツール、パスファインダー、ライブブレンド、グラデーションメッシュといった機能を備える。READMEのステータス表示は「in active development(活発に開発中)」で、PhotoCraftと同じく初期段階という位置づけだ(VectorCraft README)。残り5本はアプリごとに開発の進み方が違い、どこまで実務で使えるかは今回確認していない。
もう一つ、興味深い設計がある。PhotoCraftの操作はすべて、500以上あるコマンドの一覧から呼び出される仕組みになっている。画面のメニューをクリックするのも、CLIからコマンドを打つのも、裏側では同じコマンドを呼んでいる(PhotoCraft README)。
この一覧にはAIエージェント向けの「MCPサーバー」という窓口も含まれる。VectorCraftのREADMEには、Claudeなどのエージェントが人と同じやり方で描画・編集・書き出しができると書かれている(VectorCraft README)。画面を手で操作することと、AIエージェントにスクリプトで操作させることが、最初から同じ土台の上に設計されている。
今すぐ試すには
PhotoCraftの最新版はv0.1.1で、2026年10月3日に公開された(PhotoCraft Releases)。GitHubのReleasesページから、macOS・Windows・Linux向けのインストーラーとWeb版をダウンロードできる。アカウント登録は不要だ。
ただし現状は「early alpha(初期の試作段階)」だ。基本的な編集フローは揃っているものの、Photoshopとの完全な機能一致はこれからだとREADMEにも明記されている(PhotoCraft README)。日常的に使っているPhotoshopの全機能をいきなり置き換えられるわけではなく、自分の作業で使う機能が揃っているかどうかは、実際に試して確かめる必要がある。
まとめ
PhotoCraftは、Adobeのコードを一切使わないクリーンルーム実装の、無料のオープンソース画像編集ソフトだ。それでいてPSDファイルの保存し直しで135本中134本が、バイト単位で元ファイルと完全一致する。Adobeが公開する仕様書と、Photoshopの挙動を外から観察した結果だけを材料にする「クリーンルーム実装」という手法が、この互換性を支えている。
同じチームはIllustrator相当のVectorCraftをはじめ計7本のアプリを公開している。Adobe Creative Cloudの主要製品をオープンソースでカバーする構想が進んでいる。macOS・Windows・Linux・Webのどれでも、GitHubのReleasesページから無料でダウンロードして今日から試せる。現状は「early alpha」で、Photoshopの全機能との完全な一致はまだ先になる。
コメント
気づきや感想をどうぞ記事への補足や、読んで考えたことをお寄せください。個人情報や、他の人を傷つける内容の投稿はお控えください。
投稿にはGoogleログインが必要です。
Googleでログイン投稿にはGoogleアカウントの表示名が公開されます。メールアドレスは取得・公開しません。
コメントを読み込んでいます…