人からもらった.xlsxや.docxを開こうとして、Officeを持っていない、あるいは起動が重くて開くのを後回しにした経験がある人は多いはずだ。無料で使えるOffice互換ソフト自体は、LibreOfficeなど前からある。
そこに2026年10月12日、お絵描きアプリ「ibisPaint」の開発元である株式会社アイビスが、新しいオフィススイート「ibisOffice」を無料で公開した。何が違うのか先に言うと、表示の速さが桁違いだ。数式58万9,000個入りの13.7MBのExcelファイルを開く時間は、ibisOfficeが0.52秒。同じファイルで本家Microsoft Officeは14.07秒かかる。27倍の差になる。
起動と表示にかかる時間がここまで違う
無料のOffice互換ソフトは、LibreOfficeやONLYOFFICEとしてすでに存在する。ibisOfficeが新顔として割って入ってきたのは、同じ「無料で開ける」という土俵の中でも、表示の速さがこれまでの無料ソフトとは別の水準にあるからだ。
開発元はGitHubの公式リポジトリで、22シート・グラフ29個・数式58万9,000個を含む13.7MBのExcelファイルを、起動済みのアプリで開いてから最初の画面が表示されるまでの時間を計測している。
この表を見たとき、自分は数字を見間違えたかと思って二度見した。本家Officeの14.07秒という数字自体は、大きなExcelファイルを扱ったことがあれば驚くほどの遅さではない。だが同じファイルをibisOfficeは0.52秒で開く。既存の無料ソフトであるLibreOffice(6.82秒)やONLYOFFICE(9.36秒)も本家Officeより速い。だが6〜9秒台にとどまり、その中でibisOfficeだけが1秒を切っている。
文書(.docx)やプレゼン(.pptx)でも、本家Officeに対してそれぞれ2.5倍・3.7倍という結果が出ていて、xlsxほどではないにせよ同じ傾向が出ている。開発元はファイルをPDFへ書き出す時間も計測している。xlsxの書き出しはibisOfficeが7.26秒、本家Officeが42.94秒だった。開くときだけでなく、書き出すときの差も小さくない。
ただし、この数値は開発元が自己申告した、開発ビルド(バージョン表記は「0.1.0」)での1回だけの計測だ。現在ダウンロードできる公開版は0.8.1で、同じ条件での再計測は確認できていない。桁の違いを覆すほどの差は考えにくいが、この数値をそのまま自分の環境の体感として期待してよいとは限らない。
では、なぜここまで速いのか。
画面を描く仕組みが違う
答えは、画面を描く部品そのものが違うことにある。ibisOfficeはRustで実装され、UIの土台にはエディタ「Zed」向けに開発された「GPUI」というフレームワークを使っている。画面の描画をCPUではなくGPUに任せる仕組みだ。具体的には、macOSがMetal、WindowsがDirectX、LinuxがVulkan、ブラウザ版がWebGPUという、OSごとのGPU向けの描画APIを使い分けている。
GPUは本来、動画やゲームの映像を滑らかに動かすために使われてきた部品だ。ibisOfficeは、文書やスプレッドシートの1ページ分の見た目を、その同じ仕組みで一気に描き直している。数式が58万9,000個入ったセルの格子を一行ずつCPUで計算して並べ直すのではなく、画面全体をGPUの得意な処理に渡す。これが、ファイルが大きくなるほど差が開く理由になる。
表示がここまで速いなら、Officeのファイルの中身もちゃんと再現できているのだろうか。
中身も本家と同じに再現できるか
開発元はREADMEの冒頭で、目標をこう書いている。「Microsoft Officeで作った文書は、ibisOfficeで開いても同じに見えるべきだ」。実際、段落・スタイル・表・グラフ・ページ設定といった.docx/.xlsx/.pptxの基本機能は、公式の機能一覧で「Completed(対応済み)」の表記が並ぶ。開発元は、本物のOfficeが書き出したPDFと自分の描画結果を画素単位で比較するテストを7万件以上実施したと説明している。この検証方法と件数は開発元の自己申告で、個別の比較結果は公開されていない。
一方で、同じ機能一覧には「Partial(部分対応)」の項目も数十並ぶ。たとえばExcelでは、回帰分析やt検定といった分析ツール、一部の財務関数、3Dグラフの多くがここに入る。PowerPointでは、複数のスライドマスターやWordArt、アニメーションの一部効果が同様だ。さらに、マクロ付きファイル(.docm/.xlsm/.pptm)は開いて保存できるが、中のマクロは実行されない。マクロのコードはファイルの中にそのまま保持されるだけで、動かしたい場合は本家Officeを開き直す必要がある。
つまり、速さと中身の再現度は別の軸で進んでいる。画面を速く描く仕組みは、土台を1つ作ればWord・Excel・PowerPointのどれにも適用できる。一方でOfficeの機能を1つずつ同じ挙動で再現する作業は、関数や書式のパターンの数だけ積み上げるしかない。段落や表、グラフを使った一般的な文書や資料では困ることは少なそうだ。だが、マクロで自動処理を組んだ業務用のExcelシートや、分析ツール・凝ったアニメーションを多用した資料では、本家との差を具体的に確認してから移行したほうがよい。
今すぐ試せるか
ibisOfficeは、macOS(Apple silicon、macOS 11以降)とWindows(64bit)向けに、GitHubのReleasesからダウンロードできる。インストールなしに試したいだけなら、ブラウザ版のプレイグラウンドもある。WebAssemblyとWebGPUで動くため、ChromeやEdge、Safari 26以降のようにWebGPUに対応したブラウザが必要だ。
- macOS: Apple silicon搭載機、macOS 11以降
- Windows: 64bit版。2026年10月12日公開のv0.8.1で追加された
- ブラウザ版: WebGPU対応ブラウザ(Chrome、Edge、Safari 26以降など)でインストール不要
READMEは「macOS・Windows・Linuxで同じように動く」ことを目標に掲げている。だが2026年10月14日時点でGitHub Releasesに並ぶダウンロードはmacOS版とWindows版だけで、Linux向けの配布物は見当たらない。Linuxで試したい場合は、今のところソースコードから自分でビルドする以外の手段はない。
ライセンスはAGPL-3.0と商用ライセンスのデュアル構成だ。個人が自分のファイルを開いて編集するだけの使い方なら、このライセンスの条件を気にする必要はない。条件が関わってくるのは、ibisOfficeを改変して別のサービスに組み込み、ネットワーク越しに提供するような場合だ。その場合は、組み込んだ側のソースコードもAGPL-3.0で公開する義務が生じる。アイビスは、この条件を避けたい企業向けに、別途商用ライセンスを用意している。
まとめ
ibisPaintの開発元が無料で公開したオフィススイートibisOfficeは、RustとGPU描画という土台によって、大きなExcelファイルを本家Officeの27倍速く開ける。この速さは画面を描く仕組みの違いから来ていて、Word・Excel・PowerPointの基本機能はすでに「対応済み」が並ぶ一方、分析ツールや一部のアニメーションなど専門的な機能は「部分対応」が残る。macOSとWindowsならダウンロードして、それ以外ならブラウザ版のプレイグラウンドで、手元のOfficeファイルを開いて試せる段階にある。
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