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「マージ数10倍以上」をVoicyの自社データで計算すると9倍だった

Voicyが「専門エンジニア廃止で生産性向上」の根拠に挙げた「マージ数10倍以上」を、自社が示した数字(0.4件→3.6件)で計算すると9.0倍だった。品質維持の主張の限界も確認する。

4人のエンジニアがオフィスでモニターを囲み、表示されたコードを一緒に見ている写真

イメージ写真 記事の内容を撮影したものではありません。Photo by cottonbro studio on Pexels

この記事には Amazon アソシエイトのリンクを含みます。

「専門エンジニアを廃止したら、開発の生産性が10倍になった」。そんな話が今週、はてなブックマークのテクノロジー欄で広がっていた。音声配信アプリを運営するVoicyの開発統括が、2026年9月10日に自社の技術ブログで公開した記事が発端だ。Voicy Tech Blog

自分のチームでも同じことができるのか、そもそも本当に10倍なのか。気になって元の記事を開き、根拠として書かれている数字を電卓で確かめてみた。すると、結論に書かれている「10倍」という言葉と、その根拠になっている数字のあいだに、思っていたのとは違うずれが見つかった。

「専門エンジニアを廃止した」とは何をしたのか

Voicyの開発統括「やまげん」氏は、記事の中でこう書いている。「iOS、Android、Web、バックエンド。この4つの職種名を廃止し、全員を『プロダクトエンジニア』に再定義しました」。担当領域で分けていたエンジニアの肩書きをなくし、誰もが必要な部分に手を出せる体制に変えたという発表だ。Voicy Tech Blog

背景として挙げているのは2つある。1つは「Web側の手が空いているのにアプリ側がボトルネックになってリリースが遅れる」という現場の経験だ。もう1つは、AIの進歩によって「触ったことがないから書けない領域が『調べながらなら書ける』になった」という変化だ。担当外の言語やフレームワークでも、AIに相談しながらなら手を出せるようになった、という理屈になる。

組織の再編はこれだけではない。同じ記事は、バックエンドの仕組みやフロントエンドの自動テスト基盤をAIが扱いやすい形に作り替えたことも説明している。あわせて、日々の業務そのものをAIに任せる体制づくりも進めたという。社内向けのAI業務基盤は、3か月で450件以上の改善を重ね、1.5か月で47のスキルと7のプラグインまで広がったという。

この3つの変化を「半年で実行した」としたうえで、記事の結論として示されるのが、開発のスピードが上がったという数字だ。ではその数字は、具体的に何を測ったものなのか。

「マージ数10倍以上」という数字は何を指しているのか

同じ記事の「開発速度は上昇、品質は維持」という見出しの下に、次の一文がある。「1名1日あたりのPRマージ数は0.4件から3.6件へと大きく伸び、マージ数は実に10倍以上に跳ね上がっています」。Voicy Tech Blog

ここでいう「PR」は、コードの変更をチームに提案するときの単位で、正式には「プルリクエスト」という。提案された変更に問題がないと確認されると、その変更が本体に取り込まれる。この取り込む作業を「マージ」と呼ぶ。つまり「1名1日あたりのPRマージ数」とは、エンジニア1人が1日に何件のコード変更を取り込めたか、という指標になる。

Voicyの発表は、この値が「0.4件」から「3.6件」に伸びたとしている。半年前は1人が2.5日に1件のペースだった取り込みが、今は1日に3件以上のペースになった、という主張だ。そして記事はこの伸びを「10倍以上」と結論づけている。

はてなブックマークでもこの数字はそのまま広がっていた。この記事は同サイトのテクノロジー欄で64usersを集め、上位のコメントには「開発のアウトプットは半年で10倍になり、品質は落ちなかった」という要約が並ぶ。はてなブックマーク 見出しの数字がそのまま引用され、「10倍」という言葉だけが独り歩きし始めている。

根拠として示されている「0.4件」と「3.6件」という2つの数字を、実際に割り算してみるとどうなるだろうか。

件/人日 1 2 3

0 4

10倍の目安 (4.0件) 0.4件 廃止前 3.6件 廃止後

図の棒の高さは、1人1日あたりのPRマージ件数を表している。「廃止後」の棒(3.6件)は「廃止前」(0.4件)よりはるかに高いが、「10倍の目安」として引いた基準線(4.0件)には届いていない。ここまでの数字の根拠はVoicy Tech Blogの該当箇所、基準線の位置はこの記事の計算による。

実際に計算すると、10倍ではなく9.0倍だった

3.6 ÷ 0.4 を計算すると、答えは9.0になる。

これは9.0倍であって、10倍には届いていない。もし本当に10倍になっていたなら、0.4件の10倍にあたる4.0件まで伸びている必要があるが、実際の値である3.6件はそこまで届いていない。発表の同じ一文の中で、根拠として示された数字(0.4件・3.6件)と、結論として書かれた表現(「10倍以上」)が、単純な割り算では一致しない。

自分も最初は見出しの「10倍」を素通りしかけた。しかし本文の「0.4件から3.6件」という具体的な数字を見て、試しに電卓を叩いてみたら9.0倍にしかならず、少し面食らった。四則演算だけで確かめられる範囲のずれが、組織の大きな意思決定を語る発表の中に残っていたことになる。

つまり、公開されている数字をそのまま信じるなら、伸びは9.0倍で、「10倍以上」ではない。この9.0倍という数字も、Voicyが公開した2つの数字を前提にした計算結果にすぎない。0.4件・3.6件という数字自体が実際に正確に計測されたものかどうかを、外部から確かめる手段はないからだ。ここで確認できるのは、発表の中にある数字どうしの整合性だけになる。

速度の数字にこうしたずれがあるなら、もう一つの主張である「品質は落ちていない」という部分は、どこまで確かめられるだろうか。

品質は落ちていないと言えるのか

同じ記事は品質についてこう続けている。「速度が上がっても品質は落ちていません。直近半年の重大不具合数は過去からの推移と比較し、減っており、減少要因は他にもありますが、影響を大きく与えてない点においてAIによる速度が上がっても品質レベルを維持できています」。Voicy Tech Blog

ここで確認できるのは「減っている」という方向だけだ。具体的に何件から何件に減ったのか、何を「重大」な不具合として数えているのかは記事に書かれていない。件数も母数も分からない状態では、減少の大きさを外部から検証することはできない。

もう一つ見落とせないのが、この一文の中にある「減少要因は他にもありますが」という留保だ。Voicy自身が、不具合の減少をAIへの委譲だけの効果とは単純に結びつけていないことになる。速度の指標(マージ数)については具体的な数字を示す一方、品質の指標(重大不具合数)については傾向だけを示し、他の要因の存在も認めている。示し方の厚みが、2つの指標のあいだで違っている。

この非対称さを踏まえると、記事全体から確実に言えることは2つに絞られる。

  • マージ数は増えた。ただし発表文の「10倍以上」ではなく9.0倍
  • 重大な不具合は少なくとも増えてはいない。ただし発表元自身が「減少要因は他にもある」と認めており、件数・母数は非公開

「AIへの委譲によって速度と品質を両立できた」と言い切るには、公開されている情報だけでは足りない。

この事例は、自分のチームにそのまま当てはめられる話なのだろうか。

この話は自分のチームにも当てはまるのか

Voicyの記事には、エンジニアの人数やチーム構成が変化したかどうかの記述がない。もし専門職の廃止と同じ時期にチームの人数が減っていれば、1人あたりの値は人数が減るだけでも上がりやすくなる。逆に増えていれば、1人あたりの値を押し上げる方向には働きにくい。どちらだったのかが分からない以上、「1人あたりのマージ数が伸びた理由がAIへの委譲だけなのか」を、この記事の情報だけで切り分けることはできない。

もう一つ、記事が測っているのは「マージ数」という、コードの変更を取り込んだ回数だけだ。取り込まれた変更がどれだけ大きな機能か、ユーザーにとってどれだけ価値があったか、事業の売上にどう影響したかには触れられていない。はてなブックマークの上位コメントの一つも、この記事の要約に対して事業の成果が伴っているかどうかは別問題だと指摘していた。はてなブックマーク マージ数の増加と、事業として意味のある成果の増加は、同じではない。

Voicyの記事自体も、他社への応用可能性については何も述べていない。音声のtoCプラットフォームという自社の事業でうまくいった、という範囲の発表だ。業種や組織の規模が違うチームに同じ効果が出るかどうかは、この記事からは分からない。

「専門エンジニアを廃止したら生産性10倍」という要約だけを見て、自分のチームへの導入を判断するのは早い。その数字が何を測ったものか、母数や条件がどこまで公開されているかを、一次情報に戻って確かめる価値がある。今回のケースでは、その一次情報の中の数字自体が、結論の表現と一致していなかった。

まとめ

  • Voicyは2026年9月10日、iOS・Android・Web・バックエンドの職種名を廃止し「プロダクトエンジニア」に統一したと発表した
  • 発表は、1人1日あたりのPRマージ数が0.4件から3.6件に伸びたとし、これを「マージ数は実に10倍以上に跳ね上がっています」と結論づけている
  • 0.4件と3.6件を実際に計算すると3.6÷0.4=9.0倍で、「10倍以上」には届いていない
  • 品質については「重大不具合数は減少」という傾向のみが示され、具体的な件数や母数、他の減少要因の存在も記事自身が認めている
  • チーム人数の変化や事業成果への影響は記事に記載がなく、他社への応用可能性にも言及がない。要約された数字を鵜呑みにせず、一次情報の定義と条件を確かめる価値がある

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