取引先からWordファイルが届いたのに、自分のパソコンにOfficeが入っていない。あるいはLinuxを使っていて、そもそもインストールする選択肢がない。そんなとき、無料で中身を開いて編集まで済ませられるソフトが増えた。
ArtCraftというチームが2026年10月7日から8日にかけて、Word相当の「WordCraft」、Excel相当の「GridCraft」、PowerPoint相当の「DeckCraft」を相次いで公開した(WordCraft README、GridCraft README、DeckCraft README)。3本ともMicrosoftのコードを一切使わない独自開発で、macOS・Windows・Linux・ブラウザで無料で動く。
Microsoftの協力を得ていない3本が、どこまで仕上がっているのか。
何に対応しているのか
3本はいずれも「クリーンルーム実装」と呼ばれる手法で作られている。開発元のコードを一切見ず、公開されている仕様書と、実際のアプリを外から観察した結果だけを材料に、ゼロから自分たちのコードを書く手法だ。
公式READMEが公開している対応状況を見ると、どれも初期段階にしては踏み込んだ数字が並ぶ。
| アプリ | 対応Office製品 | 互換性の推定(開発チーム自身の数値) | ファイル形式 |
|---|---|---|---|
| WordCraft | Word | リボンコマンドの87%、実質的な機能一致度は約62% | .docx読み書き、.odt/.rtf/.html等の変換、PDF書き出し |
| GridCraft | Excel | リボン・メニューコマンドの89%、ワークシート関数の93% | .xlsx読み書き(数式・ピボットテーブル含む)、CSV/TSV |
| DeckCraft | PowerPoint | 機能の幅で79%、コア機能で93% | .pptx読み書き、PDF/PNG/JPEG書き出し |
(出典: WordCraft README、GridCraft README、DeckCraft README、いずれも2026-10-09確認)
この表の数字は、測っている対象がアプリごとに少しずつ違う。WordCraftは「リボンコマンドの対応率」と「実質的な機能一致度」を分けて出し、GridCraftは「コマンド」と「ワークシート関数」を別に出し、DeckCraftは「幅」と「コア機能」を分けている。横並びで優劣を比べられる数字ではなく、各チームが今どこまで作り込んだかを自己申告した指標だと捉えるのが正確だ。
それでも共通して分かるのは、3本とも基本的な操作の大部分にはすでに手が届いているという点だ。
- GridCraft: 数式バー・名前ボックス・条件付き書式・テーブル・グラフを備え、500以上のワークシート関数にLET・LAMBDAも含む(GridCraft README)
- DeckCraft: 11種のレイアウト、150種以上のプリセット図形、アニメーションや発表者ビューまで持つ(DeckCraft README)
- WordCraft: リボン・スタイル・表・変更履歴・差し込み印刷に対応する(WordCraft README)
ここまでは「何ができるか」の話だ。次に気になるのは、Microsoftの協力なしに、どうしてここまで再現できたのかという点になる。
なぜここまで再現できたのか
Word・Excel・PowerPointが使うファイル形式(.docx・.xlsx・.pptx)は、実はMicrosoftだけが知っている秘密の仕様ではない。「Office Open XML(OOXML)」という名前で、ECMA Internationalが標準化し、ISO/IEC 29500として国際規格にもなっている公開仕様だ。
これが、クリーンルーム実装という手法と噛み合う。Adobeのクリーンルーム実装を確認した記事では、「Adobeが公開しているPSD仕様書と、Photoshopの挙動を外から観察した結果」の2つを材料にしていると分かった(PhotoCraft記事)。今回のWordCraft・GridCraft・DeckCraftも同じ考え方で作られているが、材料になるファイル形式そのものが国際規格として確定的に公開されている分、仕様を読み解く土台はより整っている。
だからといって再現が自動的に終わるわけではない。規格書を読めばファイルの構造は分かっても、リボンのどのボタンがどの機能に対応するか、どこまで使われているかは、実際にWord・Excel・PowerPointを動かして確かめるしかない。389個(WordCraft)、200個以上(DeckCraft)というコマンド数の多さは、この積み重ねの量を表している(WordCraft README、DeckCraft README)。
規格が公開されている恩恵と、地道な観察の積み重ね。この2つが揃って、非公式のチームでも8〜9割台の数字に届いたとみていい。では、3本の仕上がり具合は実際どこまで横並びなのか。
3本とも同じ完成度なのか
ここで見ておきたいのが公開の時期だ。3本とも最初のバージョン(v0.1.0)が2026年10月7日、最新のv0.3.0が10月8日14時41分に公開されている(WordCraft releases、GridCraft releases、DeckCraft releases)。つまりこの記事を書いている時点で、3本ともまだ生まれて2日と経っていない。
自分はここで少し驚いた。ArtCraftはもともとPhotoshop相当の「PhotoCraft」やIllustrator相当の「VectorCraft」など、Adobe Creative Cloud相当の7本を公開していたチームだ(ArtCraft公式サイト)。その同じチームが、わずか数日のうちにMicrosoftの3大オフィスアプリにまで手を広げていた。しかも確認時点では、ArtCraft公式サイトのアプリ一覧ページにWordCraft・GridCraft・DeckCraftはまだ載っていない。GitHub上のリポジトリ公開が、公式サイトの更新より先に進んでいる状態だった。
READMEの表記にも、生まれたばかりであることを示す記述がある。GridCraftは「pre-alpha and moving fast(プレアルファで、速いペースで進行中)」と書かれている(GridCraft README)。WordCraftも「an alpha for everyday writing is close(日常的な文書作成向けのアルファ版が近い)」と、アルファ版にまだ届いていないことを認めている(WordCraft README)。
どのアプリも、Photoshop相当のPhotoCraftが到達した「135本中134本のPSDがバイト単位で完全一致」のような、実ファイルでの網羅的な互換性テストの数値はまだ公開していない。
この「できたばかり」という事実は、使い始める際の判断に直結する。生まれたばかりの3本を、今日から試すにはどうすればいいのか。
今すぐ試すには何に注意するか
3本ともGitHubのReleasesページから、インストーラー不要のポータブル版を含めてすぐにダウンロードでき、アカウント登録も不要だ(WordCraft releases、GridCraft releases、DeckCraft releases)。対応プラットフォームは次のとおりになる。
- WordCraft: Windows(MSI・ポータブルZIP)、macOS(DMG)、Linux(AppImage・Flatpak・deb・rpm)、Web版
- GridCraft・DeckCraft: WordCraftと同じ対応に加えてFreeBSD版もある
日本語での使い勝手には差がある。WordCraftは英語・簡体字中国語・繁体字中国語・日本語からUI言語を選べ、既定ではシステムの言語に従う(WordCraft README)。一方でGridCraftとDeckCraftのREADMEには、日本語UIについての記載が無い。表計算やスライドを日本語で使いたい場合、今の時点でどこまで対応しているかは実際に起動して確かめる必要がある。
ライセンスは3本ともMITまたはApache-2.0のデュアルライセンスで、商用利用を含めて無料で使える(WordCraft README、GridCraft README、DeckCraft README)。ただし、これは今すぐ本番の仕事を丸ごと置き換えられるという意味ではない。3本とも「pre-alpha」または「アルファ版が近い」段階にあり、実際の.docx/.xlsx/.pptxファイルでの網羅的な互換性テストはまだ公開されていない。
取引先から届いた1本のファイルを急いで開きたいときの選択肢として試すのが、今のところの使い方になる。普段の本格的な作業をすべて任せる前には、自分が使う機能が実際に揃っているかを確かめたほうがいい。
まとめ
ArtCraftは2026年10月7〜8日、Word相当のWordCraft、Excel相当のGridCraft、PowerPoint相当のDeckCraftを公開した。Microsoftのコードを使わないクリーンルーム実装でありながら、開発チーム自身の推定でリボンコマンドの8〜9割前後に対応している。背景には、OOXMLという国際規格として公開されたファイル形式の存在がある。
3本ともmacOS・Windows・Linux・Webから無料でダウンロードでき、アカウント登録も不要だ。ただし公開からまだ2日ほどのpre-alpha段階で、実ファイルでの網羅的な互換性テストはこれからになる。取引先から届いたOfficeファイルを無料で開く選択肢が、また一つ増えたことになる。
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