「東海道新幹線、1,100kmのケーブル撤去へ」という見出しを見て、まずその長さに面食らった。日本経済新聞によると、東京から新大阪まで、約40年にわたって新幹線の通信を支えてきたこのケーブルが、2027年から順次撤去される。いったい何のためのケーブルで、何に置き換わるのか。答えを先に言うと、指令員と乗務員を結んできた専用の無線回線が、雨にも対応した新しい方式に切り替わり、やり取りできる情報量が一気に桁違いに増える。
1,100kmのケーブルの正体
JR東海の技術開発部がまとめた技術報告によると、東海道新幹線の列車無線は1964年の開業当初、指令員と乗務員が通話する専用電話として始まった。当時は電波を直接飛ばす空間波方式だったが、トンネルや高層ビル群の間では電波が届きにくい。そこで1989年、設備の老朽取替を機に「LCX(漏えい同軸ケーブル)」という特殊なケーブルを線路脇に通す方式へ切り替えた。
LCXは、ケーブル自体が電波を少しずつ漏らしながら伝える仕組みで、トンネルの中でも途切れない安定した通信を実現した。これにより指令電話や車内公衆電話の回線数を増やし、車両機器の状態や車内の電光掲示板に流すニュース速報まで送れるようになった。2009年にはデジタル変調技術を取り入れた「デジタルLCX方式」へ移行し、通信品質と容量(最大3Mbps)をさらに高めて、現在まで使われている。この1本のケーブルが、東京から新大阪までの上下線に切れ目なく敷かれていた総延長が、日本経済新聞が報じた約1,100kmにあたる。
では、なぜ今このケーブルを手放すのか。
ミリ波方式で容量はどう変わるか
技術報告は、近年メンテナンスやセキュリティ向上のために、地上と車両の間でさらに大容量の通信が必要になったと説明する。そこで取り組んだのが、「ミリ波」と呼ばれる周波数帯を使う新方式の開発だ。ミリ波は30〜300GHz(波長1〜10mm)の電波で、周波数が高い分だけ広い帯域幅を使え、同じ時間でより多くの情報を送れる。
現行のLCX方式と、2027年から導入されるミリ波方式を、技術報告の比較表で並べると違いがはっきりする。
| LCX方式(現行) | ミリ波方式(次期) | |
|---|---|---|
| 使用周波数 | 400MHz(UHF帯) | 40〜50GHz(ミリ波帯) |
| 伝送容量 | 約3Mbps | 約1Gbps |
| 設備の特徴 | 東京〜新大阪間に切れ目なくケーブルを布設 | 無線機を一定間隔に設置 |
伝送容量は約3Mbpsから約1Gbpsへ、単純計算で330倍前後に広がる。2021年の発表時点でも「約300倍の大容量通信へ」と鉄道系ニュースサイトが報じており、桁としては一致する。
もっとも、ミリ波には弱点がある。電波のエネルギーが空気中の水分子や酸素分子に吸収されて減衰しやすく、長距離通信には向かない。とりわけ雨の日は、電波に乗せた信号が弱まって雑音に埋もれ、再生できなくなる。屋根のない屋外を時速285kmで走る新幹線に、本当にこの方式を通せるのか。自分はここで一度、話が止まった。
雨でも途切れない「豪雨モード」の仕組み
人混みの中で誰かに話しかけられても、一度では聞き取れないことがある。けれど相手が同じ言葉を何度も繰り返してくれると、次第に聞き取れるようになる。JR東海が開発した「豪雨モード」は、これと同じ発想をミリ波の通信に応用したものだ。
技術報告によると、JR東海はまず過去12年間の沿線の降雨実績を調べ、10分間に最大30mm程度の豪雨が数回発生していたことを確認した。この雨量の中では、電波は1km先で晴天時の4500分の1まで弱まる。地上の無線基地局を密に配置すれば雨でも安定するが、導入コストが膨らんでしまう。そこでJR東海は、同じ信号を16回繰り返し送信し、受信側で重ね合わせる「シンボル合成」という手法を採用し、これを豪雨モードと呼んだ。
ランダムに暴れる雑音は、重ね合わせるほど互いに打ち消し合う。一方、情報を持つ規則的な信号は、重ねるほど強調される。だから雨で電波が1km先で4500分の1まで弱っても、同じ信号を重ねれば元の情報を取り出せる。技術報告が示す実験結果では、重ね合わせをしない状態では信号の種類を見分けられなかったものが、16回重ねたところではっきり区別できるようになっている。
この豪雨モードの開発によって、地上の無線基地局の設置間隔を約1.3倍に広げられるようになり、基地局の数を2〜3割減らせたという。弱点を消したのではなく、繰り返し送って重ねるという力技に近い方法で、雨天時でも実用に足る水準まで持ち上げた格好だ。
それでも、地上に置く基地局の数はまだ多い。とくに車両がずらりと並ぶ車両基地では、どう対応したのだろうか。
車両基地の基地局を反射板で減らす
ミリ波無線機は、電波を遠くまで届かせるために指向性の高いアンテナを使う。電波が広がらない分、長距離通信には向くが、何本もの留置線が横並びになる車両基地では逆に不利に働く。本来なら、線路の数だけ基地局を置かなければならない。
ミリ波無線は指向性が高く電波が広がらないため、本来は線路の数だけ地上局が必要になる。そこでJR東海は、地上局から見て線路を1本越えた先にリフレクタを置き、電波をそこで反射させて、直接見通せない線路にも折り返して届く経路をつくった。技術報告は、この課題を「リフレクタ」と呼ぶ反射板で解決したと説明する。
留置線は形が直線で、車両は毎回ほぼ同じ場所に止まる。この規則性を利用し、車両の停止位置から離れた場所に1辺50cmの反射板を置いた。電磁界解析とシミュレーション、実測の両方で使用できることを確かめた。そのうえで3種類の基地局構成を組み合わせ、19本ある留置線を7つの基地局でカバーできる構成を採用したという。
反射板の大きさは電波の波長で決まり、波長が短いミリ波なら50cm角という扱いやすい大きさで足りる。LCXは「ケーブルそのものを1,100km敷く」という力技だった。対してミリ波方式は、「小さな反射板1枚で基地局を減らす」という、まったく違う種類の工夫で成り立っている。
大容量化で新幹線にできること
容量が3Mbpsから1Gbpsへ330倍前後に広がるというのは、単なる数字の変化ではない。2021年の発表時点では、この大容量通信を使った3つの活用例が示されていた。
- 車内防犯カメラの映像を、列車無線経由で伝送する
- 運転台のカメラ映像を指令へ送り、異常時の状況確認を早める
- 軌道監視装置が集めた映像やデータを地上へ送って解析し、係員による巡回検査を減らす
これまでの3Mbpsは、車両の状態を示す短いデータや、テキストのニュース速報を送るのが精一杯の容量だった。それが、映像をリアルタイムでやり取りできる水準まで引き上がったことになる。JR東海の2026年度の重点施策でも、車内通信環境の改善や車内防犯カメラの整備が、安全・安定輸送の取り組みの一つとして挙げられている。
ミリ波方式列車無線は2013年度から8年間の開発を経て採用が決まった。2027年初の運用開始に向けて、地上局の新設工事と、LCXのデジタル・アナログ両方式に加えてミリ波方式にも対応させる車上局の改良工事が進められている。日本経済新聞が報じた「2027年からの順次撤去」は、この新方式への移行が進み、1,100kmのLCXケーブルが役目を終えていく段階にあたる。
まとめ
東海道新幹線が1989年から使ってきたLCXケーブルは、トンネルの多い路線で指令電話や車内ニュースを支えてきた設備だった。2027年からは、これが40〜50GHz帯のミリ波方式に置き換わり、伝送容量は単純計算で330倍前後になる。ミリ波は本来雨に弱いが、同じ信号を重ねて雑音を打ち消す「豪雨モード」で克服し、車両基地では反射板で基地局の数を抑えた。この大容量化の先には、車内防犯カメラや運転台の映像をリアルタイムで指令に届けたり、軌道の点検を自動化したりする使い道が見込まれている。1,100kmのケーブル撤去は、その移行が実際に線路の上で進み始めた合図といえる。
コメント
気づきや感想をどうぞ記事への補足や、読んで考えたことをお寄せください。個人情報や、他の人を傷つける内容の投稿はお控えください。
投稿にはGoogleログインが必要です。
Googleでログイン投稿にはGoogleアカウントの表示名が公開されます。メールアドレスは取得・公開しません。
コメントを読み込んでいます…